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福岡地方裁判所久留米支部 昭和48年(ワ)179号 判決

原告

吉野巌

右訴訟代理人

益田亘

被告

大祥建設株式会社

右代表者

吉村正

被告

吉村正

右両名訴訟代理人

坂本佑介

主文

被告らは原告に対し各自金五九万〇、二八〇円とうち金五三万〇、二八〇円に対する昭和四七年三月七日から、うち金六万円に対する昭和五一年三月二二日から各支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

原告のその余の請求を棄却する。訴訟費用はこれを九分し、その一を被告らの、その余を原告の各負担とする。

この判決の第一項は仮に執行することができる。

事実《省略》

理由

一原告が昭和四七年三月七日午後一時四五分ごろ久留米市上津町の道路上において運転していた自動車を右折のため停車したところ、被告吉村の運転する被告車により追突されて傷害を受けたこと、被告車の進行供用者及び過失ある運転者として被告会社及び被告吉村に損害賠傷の責任があることはいずれも当事者間に争いがない。

二原告の傷害の部位程度、治療の経過について検討する。〈証拠〉を総合すると次の事実を認めることができ、右認定を左右し得る証拠はない。

(一)  原告は本件追突事故に遭遇直後、原告の運転していた自動車に同乗していた訴外豊福利明、同右田繁雄、同塚本庫人と共に三宮整形外科医院三宮康彦医師の診察を受け、全員頸椎捻挫の診断となつたが、原告は吐気、頭痛、右肩関節部の痛みを訴え、顔色も悪く、他人に支えられてふらふらしながら同医院に到達した状態であつたので、即日同医院に入院し、頸部、胸椎、腰部のレントゲン検査の結果は異常は認められず、頸椎捻挫、胸部打撲、腰椎捻挫の傷病名で湿布、鎮痛剤、安定剤の投与、点滴注射による輸液等の治療は受け、吐気、痛みが消失しないので同年四月八日三宮医師が腰部について角度をかえてレントゲン写真をとつた結果第四腰椎症が発見された。

(二)  原告は事故発生の昭和四七年三月七日から同年七月二二日まで前記三宮整形外科医院に入院していたが、その間の同年三月二三日原告の吐気が消失しないところから肥川胃腸科医院において受診したが、胃腸には所見なしと診断され、頸、腰、頭の痛みの訴えがあるため、同年五月二七日久留米大学医学部病院脳神経外科において受診し、神経学的には異常なしと診断された。

原告は同年三月下旬亀山歯科医院を訪れ、本件事故により破損したものとして上顎門歯の継続歯の治療を受けた。

(三)  原告は前記三宮整形外科医院入院中、投薬、注射のほかグリソン索引、マツサージ等の治療を受け、脳波検査もくりかえし退院後昭和四八年四月二〇日まで同医院に通院(七月六回、八月二二回、九月二二回、一〇月一六回、一一月二二回、一二月二二回、一月二〇回、二月一六回、三月一五回、四月一一回)し三宮康彦医師は右同日症状固定したものと診断した。当時、原告の訴えていた症状は(1)頸部から左肩胛部にかけての疼痛著明(2)頸椎の後屈、左回旋運動障害、(3)腰痛キリで刺すような痛みあり、(4)排便時に力が入らぬ、性交不能、(5)頭に鍋をかぶつたような感じがあり(6)後頭部のシビレ感著明(7)めまい、吐気、耳鳴り、(8)顔面及び四肢の筋肉のふるえであつて、検査結果は頸椎にはレントゲン所見異常なく、その運動範囲は前屈一四五度、後屈一五八度、左屈一七三度、右屈一六〇度、左回旋二〇度、右回旋四〇度で左項筋に圧痛があつた。腰椎にはレントゲン所見で第四腰椎分離症があり、第四腰椎に叩打痛、右腰筋に圧痛があつてコルセツト着用中である。同医師の所見では原告の腰椎分離症は本件事故以前からのものである。なお同医師は原告が久留米大学医学部整形外科において昭和四七年五月一九日腰椎分離と頸椎捻挫について受診した結果、同医学部医師は腰椎分離は本件交通事故と関係ないと診断した旨を聞いている。

(四)  原告は昭和四八年五月一七日国立久留米病院整形外科松山直矢医師の診断を受け、同医師は前記三宮医師による治療所見を参考にして原告の症状を検査し、頸部の圧痛而打痛を認め、頸椎の運動範囲は前屈一三〇度、後屈一四〇度、左屈一六〇度、右屈一四五度、左回旋四五度、右回旋三〇度と測定され、頸椎にはレントゲン学的異常が認められず、以上の結果、同医師は腰椎の背椎分離症(第四腰椎)が認められるが、交通事故とは関係ないものと判断した。

(五)  原告は昭和四八年八月ごろ泌尿器科森部洋一医師に勃起障害のことを相談し、同医師の紹介で社会保険久留米第一病院泌尿器科の鈴木卓医師にも受診したが、腰椎に原因があるといわれただけで治療は施されなかつた。

(六)  自賠費保険の査定事務所は昭和四八年八月ごろ原告からの後遺障害給付請求に基づいて原告の後遺障害を一二級一二号局部に頑固な神経症状を残すものと認定した。

(七)  原告は久留米市役所税務部徴税担当の勤務に従していたが、昭和四八年九月一〇日腰と頸の痛みを訴えて津山整形外科医院津山義朗医院に診断を受け、同月二五日までに五回通院治療を受け、同日第四腰椎分離症で背椎固定術の手術を要する旨の診断書(甲第六号証)を受領後治療を中断し、同年一二月五日再度同医院への通院を開始し、昭和四九年二月一八日までの間に二五回通院した後前同日から同年五月一一日まで同医院に入院し、第四腰椎症と両頸肩腕症候群の病名で治療を受け(再診当時は腰痛のみの主訴で、一月末から頸が痛い、頭が痛い、吐気がするとの訴があり二月二日から頸部の治療をはじめ、悪化するので入院させた。)症状軽快して退院したが不安定であつて、その後も通院治療を続けて昭和五〇年一二月三〇日に及んでいるが、昭和五〇年九月ごろ右膝半月板を損傷し、その後は右膝関節の治療も加えて行つている。原告は背椎固定の手術を医師からすすめられているが、まだその手術は受けていない。寒さのため頸部から腰椎にかけてしびれるので懐炉を使用し、コルセツトも装着しているが、大小便を失禁することがあり、性生活も回復していない現状である。

三以上の事実関係によれば、原告は本件事故により頸椎捻挫、胸部打撲、腰椎捻挫の傷害を受け、従前から潜在していた第四腰椎分離症の症状が顕在化し、(原告は本件事故前は昭和四六年八月ごろ筋肉痛で中川医院の治療を受けたほかは腰痛を覚えたことないと主張し、登山、ソフトボール、バレーボール、柔道、ボーリング等の競技はしていた事実を陳述する。)腰椎分離症の治療が長期化したと認めるのが相当である。しかして原告は昭和四八年九月二五日以前において、三宮康彦医師または津山義朗医師から背椎固定の手術を受けることをすすめられたにかかわらず、その手術を受けることなく対症療法のみ続けている事実をあわせ考え、前記認定の事実関係によると、原告の前記治療期間の中三宮康彦医師の治療を終了した昭和四八年四月二〇日以前に生じた損害については、本件事故がその発生に七割程度寄与しているとして同損害の七割の限度で被告らに賠償させるのが相当であり、同月二一日以後津山整形外科医院における入院治療を終了した昭和四九年五月一一日までに生じた損害については本件事故がその発生に三割の程度で寄与したものとして同損害の三割の限度で被告らに賠償させるのが相当であり、同月一二日以後に生じた損害は後記慰藉料に相当する精神的肉体的損害を除き本件事故と因果関係がないものと認めるのが相当である。

四以上の見地から原告主張の損害の中被告らに賠償義務を認むべき金員を検討する。

(1)  津山整形外科における治療費

〈証拠〉によれば、昭和四九年二月一八日から同年五月一一日までの入院費個人負担分が金四万八、一六〇円であつたことが認められ、うち金一万四、四四八円は本件事故による損害として被告らが賠償すべきである。サロンパス、懐炉、ベンジン購入費は損害として認められない。

(2)  入院に対する慰藉料

三宮整形外科医院入院一三八日について金三八万六、四〇〇円(一日に付金四、〇〇〇円の一三八日分の七割相当)

津山整形外科医院入院八三日について金九万九、六〇〇円(一日に付金四、〇〇〇円の八三日分の三割相当)

がそれぞれ相当である。

(3)  入院雑費

〈証拠〉によれば、被告会社は昭和四七年三月七日から同年四月一一日までの原告の入院に伴う氷代、電話代その他雑費として金二万七、〇〇〇円以上(当初四人同時に入院した期間の四人分と推認される費用については原告用の分と推測される金額のみ集計)を支出していることが認められ、〈証拠〉によれば、昭和四七年五月二六日原告は被告吉村から雑費金として金一万円を受領している事実が認められ、右の事実は考えあわせると、原告のその後の入院期間における雑費として被告らに賠償せしむべき金員は金一万八、八九〇円が相当であると認める。(四月一二日から七月二二日まで一〇二日分一日金二一〇円宛の合計から金一万円控除し、これを八三日分一日金九〇円の合計を加える。)

(4)  通院に対する慰藉料

三宮整形外科医院約九か月、津山整形外科医院約三か月を合計して金三八万八、〇〇〇円(一か月金四万円宛九か月について七割、三か月について三割を合計する。)が相当であると認める。

(5)  通院雑費

三宮整外形科医院実日数一七二日、津山整形外科医院実日数三〇日を合計して金一万二、九四〇円(一七二日につき一日金七〇円、三〇日につき金三〇円宛)を損害と認める。

(6)  付添看護料

〈証拠〉によれば原告は昭和四八年一月二〇日昭和四七年三月七日から同年五月一〇日までの付添費として金四万五、九〇〇円を被告吉村から受領した事実が認められ、右の事実に徴すると、原告が昭和四七年七月二一日に同年三、四、五月分の付添謝礼として金九万円を訴外雪野エイ子に支払つた旨の領収証(甲第七号証)が存在するとしても、前記昭和四八年一月二〇日受領の金員を超えて原告が被告らに付添看護料を請求することはできないものと解するのが相当である。

よつて付添看護料は認めることができない。

(7)  交通費

〈証拠〉によれば、原告は三宮整形外科医院退院後、同医院への通院及び勤務先である久留米市役所への通動のため弟である訴外吉野勉の所有運転する自動車を使用し、その謝礼として昭和四七年一二月までの分として合計金七万円を同訴外人に支払つた事実が認められ、そのうちの七割に相当する金四万九、〇〇〇円は本件事故による損害と認める。

(8)  給与減

〈証拠〉によれば、原告が昭和四七年三月から四八年三月までの間欠勤しなかつたであれば支給を受けられた筈のところ、本件治療のため支給されなかつた手当の額が金三万三、一六〇円であることが認められ、右金額の七割に相当する金二万三、二一二円は本件事故による損害と認める。

原告は右のほか金五万八、三七八円の給与減があると主張するが、本件事故との因果関係が認められないので、右の主張は採用しない。

(9)  後遺障害に対する慰藉料

原告は第四腰椎分離症による障害を併せて本件事故による傷害の後遺症として主張しているが、第四腰椎分離症は本件事故により顕在するにいたつたものの、これが本件事故により発生したものではないと認められる以上、これによる後遺障害をすべて本件事故の損害と解することは相当でなく、従つて本件事故による頸椎捻挫に基づく頸椎の運動障害、疼痛の残存等諸般の事実を考え併せ、(なお原告が地方公務員災害補償法に基づいて、障害補償一時金一七万〇、四八〇円を受領したことは原告本人の供述したところであり、後記のとおり右金員を本件損害賠償の内金に充当すべきであるとの被告らの主張を採用しないが右の給付を受けていることは、慰藉料の算定について考慮する。被告らが負担すべき慰藉料は金五〇万円が相当であると認める。

(10)  後遺障害による逸失利益

本件事故に基づく後遺障害により原告に逸失利益が生じる事実を確認できる資料がないので、原告の右の主張は採用しない。

五被告らの相殺の抗弁ないし損害の内金充当の主張について検討する。〈証拠〉によれば、三宮整形外科医院における原告の入通院治療費の全額合計金一一四万〇、七〇〇円を被告らが支払つた事実が認められ、前に説示のとおり前記医院において治療した傷害の発生に本件事故が寄与した程度に応じ被告らは前記治療費の七割を賠償すべきものとすると、その賠償すべき額を超えて被告らが支払つた金三四万二、二一〇円については、原告が支払うべきもの(社会保険の給付すべき部分については原告は当該社会保険に対し療養費の請求ができる。)であるから、被告らは原告に対し右同額の返還請求権を取得しているというべきであり、これを自動債権として本件損害賠償請求権と対当額において相殺する旨の意思表示(右意思表示のあつたことは明らかである。)は有効であつて、本件請求のうち右相殺部分は消滅したものといわなければならない。

被告らは本件事故に関係のない原告の歯の破損の治療費金五万二、八八〇円を支払つたが、右金員は被告らの損失による原告の不当利得であると主張するが、〈証拠〉によれば、右折損歯の治療は被告が負担するとの合意の上で行われた事実が認められ、原告がその支払をしなかつたことが被告らに対する不当利得になるいわれはないので、被告らの右の主張は採用しない。

原告が自賠責保険から仮渡金一〇万円、後遺障害に対する損害賠償金五二万円の支払を受けた事実は当事者間に争いがなく、右金員は原告の本件損害の内金に充当すべきである。

被告らは被告らから原告に対し原告の自認する金四万円と、その他に金九万二、九七〇円を支払つたから、本件損害の内金に充当すると主張するが、〈証拠〉によるも、右金四万円及び金九万二、九七〇円の支払の趣旨は確認できず、雑費の支払いを被告らがしたことは前記四の(3)に説示のとおり原告の損害額認定に際し、考慮したので、その他に原告の本件請求の損害の内金に充当すべき支払額があるとの主張は採用しない。

被告は地方公務員災害補償法に基づいて原告が支給を受けた障害補償一時金一七万〇、四八〇円も原告の本訴請求の内金に充当さるべきであると主張するが、右給付額は地方公務員である職員が公務上の負傷又は疾病が治癒した後の身体障害により財産的損害を生じる場合の補償であつて、前に説示のとおり、本件においては本件事故による原告の傷害の後遺障害の財産的損害の請求は棄却することとしたので、その余の損害額の内金には充当しないこととする。

六以上により原告の前記四の(1)ないし(10)の損害の合計は金一四九万二、四九〇円であるところ、前記五の相殺による消滅分及び弁済に充当された自賠責給付合計金九六万二、二一〇円を控除すると、被告らが支払うべき損害賠償金は金五三万〇、二八〇円であり、被告らが任意その支払はしないため原告が本訴提起追行を弁護士である原告訴訟代理人に委任したことによる費用のうち金六万円は本件事故による損害と認めるのが相当である。

七よつて、被告らに対する原告の本訴請求は、金五九万〇、二八〇円とうち金五三万〇、二八〇円に対する本件不法行為の日である昭和四七年三月七日から、うち金六万円に対する本判決言渡の日である昭和五一年三月二二日から各支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由があるからこれを認容すべきであるが、その余は失当として棄却をまぬがれない。よつて訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条、九二条、九三条、仮執行の宣言について同法一九六条を各適用して主文のとおり判決する。

(境野剛)

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